大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(ネ)83号 判決

理由

当裁判所は、原判決四枚目表九行目「このことは」以下同裏五行目までをつぎのとおり改めるほか、原判決と同一理由により控訴人の本件請求は相当でないと認めるので原判決の理由を引用する。

一  現行法上抵当権は物の用益を用益権者に委ね物の価値だけを担保として把握する権利として規定されているから、抵当権者が物の用益に干渉することはその権利の範囲を超えることになる。もつとも、抵当物件たる物の滅失毀損を生ずる行為は、物の用益の範囲を超えて抵当権者の把握している価値そのものを損傷するので、抵当権者は物権的請求権に基づきこれを排除することができるのであるが、物の滅失毀損を生じない用益関係については、たとえその状況如何によつて事実上物の価額に影響を及ぼすことがあつても、それが社会通念上許容される用益の態様の範囲内である限り、抵当権者は価値の減少を理由として用益の内容に干渉することはできないものと解すべきである。抵当建物に占有者があるときは、その占有の権原の有無如何を問わず物の価値がある程度減損することは免かれないことであるが、建物の占有使用自体が建物の通常の用益態様を逸脱しない限り、抵当権者は、これによる物の価格の減損を理由に直ちに用益への干渉特に占有そのものの排除を請求するようなことは許されないものといわなければならない。

二  控訴人は、被控訴人が、控訴人主張の二棟の建物を焼失して抵当権の目的物を損壊したから、抵当目的物の明渡を求めると主張し、その二棟の建物が焼失したことは当事者間に争いがない。

(一)  被控訴人が右二棟の建物焼失後さらにその占有中の残存抵当建物をも焼失させようとしているような特段の事情はこれを認めることのできる証拠がなく、かえつて《証拠》によれば、右二棟の建物の焼失原因も外部の者による放火と推定されていることが認められるから、被控訴人による残存建物の焼失の危険はないものといえよう。

(二)  控訴人は被控訴人において抵当建物の保管につき善良な管理者の注意を怠つた結果右建物を焼失させたものであると主張するけれども、抵当物件の占有者がその保管につき善良な管理者の注意を怠つたという一事だけでは直ちに抵当物件の価値の損傷の虞があるとはいえないばかりでなく、そもそも第三者による放火が行われたという事実により直ちに被控訴人が善良な管理者の注意を怠つたものと論断することはできないし、他に被控訴人において善良な管理者の注意を怠つたことを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の右主張は採用することができない。

(三)  控訴人は、被控訴人が遅くとも昭和三七年一〇月四日以降は本件抵当建物の所有者に対する返還債務につき履行遅滞に陥つているから、その後は不可抗力についても責に任ずるので、前示二棟の建物の焼失は被控訴人による損壊に帰着し、被控訴人は残存建物を返還しなければならないと主張するけれども、本件においては、被控訴人に控訴人主張のような履行遅滞があることはいまだ認め難いばかりでなく、履行遅滞後債務者が下可抗力についても責任を負うのは、責任の問題であつて、その不可抗力を債務者の行為とみなすものではないから、履行遅滞中の第三者による建物焼失は被控訴人による損壊に帰するとの立論を前提とする被控訴人の右主張は失当である。

よつて、右と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例